2008年
08月
18日

ワタルへの手紙:『ブレイブ・ストーリー』その2
 気づけば8月の半ば。蝉時雨が収まる気配はまだない。





 さて、『ブレイブ・ストーリー』中・下巻を読了。

 映画化もされた有名な小説なので、改めて説明するまでもないかもしれないが、主人公は小学5年生の少年ワタル。幸せに暮らしていたワタルとその家族。その幸せが父の別離によって突然崩れてしまう。ワタルは、失った幸せを取り戻すべく、運命を一つだけ変えることができるという女神に会うため、「要御扉」を通り「幻界」へと旅立つ。女神に会うには過酷な試練を乗越えなければならない。物語は、ワタルが仲間と一緒に数々の試練を乗越え、成長していく姿を描いている。

 宮部みゆきの小説は、去年の終わりに『楽園(上・下巻)』を読んだことがあるだけ。『楽園』では、夫婦や親子に関する愛憎の書き方が、緻密で良いなーと思っていたが、『ブレイブ・ストーリー』でも、その点がお見事。ワタルが「真実の鏡」を使って入院中の母のもとへやって来る場面は、涙なしでは読めなかった。

 また、この本に書かれている「運命」と「仲間」に関しては、共感できる。その辺を手紙風にまとめてみた。



ワタルへ

 最初あれほど頼りなかった君の成長に、とても勇気づけられた。
思わず「頼りない」と言ってしまったが、君はまだ小学5年生。むしろ、父との突然の別離、母の自殺未遂という重く辛い経験を受け止めるには、11歳という君の年齢は幼過ぎたのだ。

 それでも、君は、お母さんがガス自殺を図ったのをきっかけに、「幻界」への旅を決意した。自分の運命を変えるために。かつての幸せな家族を取り戻すために。母親への思慕の情や愛情だけでは、とてもできない決断だ。見知らぬ世界へ飛び込むことは、多くの勇気を必要とすることだからだ。ましてや、一般的な小学5年生といえば、まだまだ父親や母親に甘え守られている年頃だ。今思えば、「幻界」への旅を決意した時から、君の成長は始まっていたのだ。

 でも、ワタル。君の旅の目的は、最終的に大きく変わった。上にも書いたが、初めのうち君は女神に、お父さんとの別離を止めてもらおうと考えていた。それが、失った家族の幸せを取り戻すことになると考えたからだ。でも、最後に「運命の塔」に登った君が女神に頼んだのは、「幻界」を救うことだった。願いを変えた理由を、君は、たとえ元の運命が変わっても、自分が変わらなければ、同じ運命を繰り返すことになるからだと説明している。

 告白しよう。君の説明を聞いた時、私は何となく居たたまれない気持ちになってしまった。そもそも、人は辛い現実ほど簡単には受け入れられない。少なくとも、私は辛い現実を受け入れるのが苦手だ。だから、あの時、あーしていればなー、と思うことばかりである。でも君の言う通り、たとえ過去が変わったとしても、自分が変わっていなければ、別の時に同じ過ちが繰り返されるだろう。どうも私は、君を見習わなければいけないようだ。
 

 ところで、ワタル。君の旅した「幻界」は、さぞかし美しいところだったろう。地平線まで続く草原、砂漠、霧に包まれた森や沼。現実の世界では見られないような動物たち。クリスタルパレスのような建物は、この世には存在しないだろう。

 しかし、「幻界」は単に美しいだけの場所ではなかった。君の旅は危険に満ちていた。「幻界」の美しさに見惚れる間もなく、君を次々に危機が見舞った。君一人では、そうした危機を乗り越えることはできなかっただろう。

 でも、君には素敵な仲間がいた。明るく陽気なキ・キーマ、優しいミーナ、そして、厳しいが本当は優しいカッツ。君の周りには、いつも手助けしてくれる誰かがいた。彼らがいたからこそ、君はいくつもの危機を切り抜け、運命の塔にたどり着くことができたのだ。




 仲間が手助けしてくれたということは、君に力がないことを意味しているのではない。最後の戦いに敗れたミツルが君に問いかけた、「何がいけなかったんだ? 俺はどこで間違ったんだろう?」。君は答えた。「僕には仲間たちがいてくれた。・・・だけどミツルは一人だったね」と。君の言うとおり、ミツルには時に励まし、時には厳しく諌めてくれる仲間がいなかった。それがミツルを誤った道へと招くこととなったのだ。逆に、ミツルに比べれば相当頼りなかった君が、最後の戦いに勝つことができたのは、君が正しい道から外れないよう、仲間が支えてくれたからだ。そういう意味で、恐らく仲間がいるということ自体が、君の力だったのだだろう。

 ただ、ワタル。君の言葉は、ミツルにだけ当てはまるのではない。
 恐らく誰もが、仲間は大切であるということを知っている。でも、気がつくと仲間を信用できなくなって、疑心暗鬼に陥っていることが、誰にでもあるのだ。仲間は単に優しい言葉だけではなく、時に厳しい時もあれば、激しく叱咤するものだということを忘れてしまうのだろう。

 それに、仲間を持つということは、辛いことでもある。カッツが死んだ時、君はひどく悲しんでいたから、それが分かるだろう。

 また、仲間を持つということは、仲間に対してありのままの自分をさらけ出すことでもある。弱さも含めて自分をさらけ出すということは、やはり辛いことで勇気を必要とすることだと思う。その勇気が君にはあったが、誰もがその勇気を持っているわけではない。

 仲間を持つということは、意外と難しいものなのだ。君の言葉は"それにもかかわらず"仲間は大切だと訴えるかけてくる。だから、君の言葉は、ミツルにだけ当てはまるのではない。誰にでも当てはまる言葉なのだ。


 最後に、「幻界」を救った君は、旅立つ以前と比べて相当変わった。君の考え、君の言葉が徐々に変わっていったことに、君自身気づいていただろうか。旅が始まったばかりの頃は、君の頼りなさが、君の言葉の端々に表れていたものだ。だが、旅が終わる頃、君の言葉は、まるで大人だった。そんな所にも君の成長が現れていたのだ。
 君を見ていて、私もちょっとは勇気が持てるようになった気がする?少なくとも勇気づけられた。君の旅は、まさに「勇気の物語」であった。

 ワタル。ありがとう。



 
2008年
08月
14日

文字通り命がけの作品『イル・ポスティーノ』
 買った後、しばらく放ったままになっていた『イル・ポスティーノ』を鑑賞した。もっと早く見ておけば良かったと後悔。

 詳細は映画ブログで述べるが、まとめると、物語、映像、音楽のどれもが「美しい」の一言に尽きる。
 主演のマッシーモ・トロイージは、大病を抱えたままこの映画に出演し、映画完成直後に亡くなられたそうである。一人の俳優が命をかけただけはある、素晴らしい作品であった。


 
2008年
08月
13日

ブログの通知表とA型の自分
 細々と運営している映画ブログは、gooブログを利用しているが、そのgooブログの広告で『ブログ通信簿』なるものが紹介されていた。早速、やってみた。

 まず、『智に働けば』の方を採点してみると・・・。




 主張度2、気楽度3、マメ度5、影響度2と、マメ度が一際高く、「図書委員タイプ」だそうだ。

 映画ブログの方もやってみた。




 こちらは、主張度2、気楽度3、マメ度3、影響度2で、「一般生徒」タイプ。
 
 どちらのブログも「もっと自分の意見を言ってみてもいいのでは」というアドバイスを受けている。私自身、そんなことを日頃よく指摘されているが、そこまで私のことを知り尽くしているとは・・・。「ブログ先生」御見それしました(笑)。

 それにしても、「飲み会の知識や経験をいかして、歴史家を目指しましょう」って、歴史家になるのに飲み会の知識と経験が役立つとは、勉強不足だった(笑)。よーし、明日から歴史家を目指して飲みまくるぞー(って、違うか(・・。)ゞ)。

 話は変わって、A型の自分は、こうした他人の評価が物凄く気になる人間である。それに気づかせてくれたのが、最近巷で話題のこの本。『A型自分の説明書』である。




 自分の周りでも話題で、研究所という科学的思考の求められる職場の友人たちがやっていたのは笑えたが、この前実家に帰ったとき、O型の義妹と母がそれぞれ一冊ずつ購入していたのは笑えなかった。一緒に使えばよいのに・・・。嫁姑の隠れた溝を発見してしまったか?まあ書き込み式だから、それぞれ一冊ずつ持った方が良いのかもね・・・、と前向きに考えておこう。

 さて、友人たちのブログが、この本のことを話題に取り上げているので、私もこれはと思う項目をピックアップしてみた。
 
 ・いつも同じサイクルで動く。
 ・通勤・通学路は変えない。
 ・ヘアスタイルは変えない。
 どれもA型人の常識。

 ・ガラスの心。
 ・失敗するとドン底。
 ・精神的ショックから、なかなか立ち直らない。
 ・それと一緒に能率もガタ落ち。
 ・突発的なアクシデントで思考停止。
 ・アドリブに激弱
 「のみの心臓」という言葉は、きっとA型の人のためにあるのだろう。これをいかに隠すかがA型の腕の見せ所でもあるんだけど(笑)。

 ・たまに現実逃避する。でもすぐ帰ってくる。
 私は、頭の中をリセットするのに、よく映画を観るが、それが現実逃避といえなくもない。

 ・淋しん坊。
 仰る通り。

 ・地味に変なものがキライそうで大好き。
 私の携帯の待ち受け画面は、アウストラロビテクスである。

 ・O型の人は憎めない。
 憎めない。基本的にO型は仲間。

 ・B型って合う人は合うけど、合わない人はおもっくそ合わない。
 初対面の人からB型と聞くと、とりあえず警戒する。

 ・AB型といると落ち着く。
 考えてみると、私にはAB型の友人が多い。

 ・お腹いっぱいでも出されたら全部食う。苦しいのに。
 親に「そんなに無理して食べなくてもいいでしょ!」と叱られたことがある。でも、せっかく作ってもらったんだから悪いでしょ。

 ・コンビニ弁当を食べ終わると、包装を元通りにする。捨てるのに。
 皆さんは、そうじゃないんですか?

 ・折り紙を二つ折りした後ろのチラっ、が見えてはいけない。
 見えなくなるまで、何度も折り直します。

 ・タイルの升目の真ん中を歩く。
 歩きたくならないですか?

 というわけだが、当てはまる項目がありすぎて、どれをピックアップするか苦労した。血液型性格判定に科学的根拠がないと言われているのは百も承知だが、自己分析の手段としてはなかなか面白い本だと思う。ご興味のある方は気軽にお試しあれ。
 
2008年
08月
13日

暑気払いと最近の読書生活:『ブレイブ・ストーリー』
 このところ好天に恵まれ、夏真っ盛りである。



(近所の銀行で撮った写真)

 ここ2、3日はのんびりと休暇を過ごしているが、昨日は本を買おうと、津田沼の丸善、千葉の三省堂へと出かけた。研究用資料の他、次の本を購入。
 宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー 中』角川書店
 宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー 下』角川書店
 柳宗民『日本の花』ちくま書房
 村上もとか『JIN(仁) 第12巻』集英社

 時間が逆転するが、買い物に出かける準備をしながら、余りの暑さにビールが飲みたくなった。そこで、暑気払いに塾の元同僚チャ先生をお誘いしたところ、「いいっすね〜!飲みませう!!」とのこと。

 買い物の後、チャ先生と合流し、さらに同じく元同僚のムラ先生も誘い出し、3人で飲むことになった。残念なことに、当初予定していたペリエ屋上のビア・ガーデンが、夕立のせいで休業となっていた。やむを得ず、土間土間千葉店へ。

 この店に入るのは初めてだったが、値段もお手ごろだし、暗い店内の雰囲気も悪くない。料理もなかなかである。シロップを付けて食べるカマンベールチーズフライだけが、ソースを間違えているのでは?と気になったが、まあ、それでもなかなか良い店であった。
 
 さて、休みが続いているため、このところ読書生活が快調である。7月末から現時点までに読んだ本をまとめると次の通り。

 弘兼憲史『部長 島耕作(全7巻)』講談社
 弘兼憲史『取締役 島耕作 第1巻』講談社
 星野之宣『宗像教授伝奇考 第1巻』小学館
 秋庭俊『帝都東京・隠された地下網の秘密』新潮社
 佐々木信夫『都庁 もうひとつの政府』岩波書店
 今尾恵介 他『日本の鉄道 車窓絶景100選』新潮社
 宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー 上』角川書店
 朝日新聞社編『地球異変 Truth of The EARTH』講談社
 村上もとか『JIN(仁) 第12巻』集英社

 宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー 上』は、2年ぐらい前に買ったまま、読まずに本棚の飾りになっていたが、先日たまたまケーブルテレビでやっていた映画版をみて、改めて読んでみる気になった。

 途中から見たということもあるのだろう、映画版は完全なファンタジーアニメという印象だった。が、原作は、主人公の少年 亘の目を通じた家族小説という印象が強い。幸せに暮らしていた亘の家族が壊れていく。家族の崩壊を何とかくい止めようとする亘の力は無力である。父と母に対する亘の愛情と思慕が、悲しく切ない。現在は、ちょうど中巻を読み始めたところであるが、「真実の鏡」を使って亘が病院の母に会いに行く場面では、思わず泣いてしまった。この後、亘がどうなっていくのか目が離せない。しばらくは、『ブレイブ』づけである。




 
2008年
08月
10日

研究室の前期納会:神保町「福兆」
 昨日、今日と割かし涼しい日が続いている。

 今日は朝から二日酔い気味だったので、自宅でおとなしく過ごした。

 昨日は、鹿島神宮からの帰り、そのまま東京へと向かい、大学院の師匠と、同門の仲間たちとの飲み会に参加した。

 場所は、神保町「福兆」。初めて行く居酒屋である。

 先生を始めとして、同門の仲間が総勢9名。これほど集まるのも久しぶりのことである。特に、リョコさんに会うのは2年ぶりぐらいか。相変わらずの酒豪ぶりを発揮され、2次会が中止になったことを残念がっていた。お元気そうで何よりである。今度また飲みに行きましょう。

 それにしても同門の飲み会は、気兼ねなく飲めるのが良い(先生がいるのだから、本来は気兼ねしなければならないのだが)。束の間の同窓会を大満喫することができた。最近は、こうした飲み会が少なくなったなー。トムくん、幹事役お疲れ様でした。
 
2008年
08月
10日

水の里と鹿島神宮の深い森
 昨日、突然思い立って一人鹿島神宮に行ってきた。

 最寄り駅を出発したのが、11時38分。途中、千葉駅から成田駅までは、快速成田エアポート行に乗り、成田駅から成田・鹿島線を使い鹿島神宮駅まで。鹿島神宮駅に到着したのが13時34分。片道2時間ほどの小旅行だった。

 成田を過ぎると車窓一杯に田園地帯が広がる。成田・鹿島線は、水郷として有名な香取市(旧:佐原市)と潮来市を通る。この辺りは早場米の産地でもあり、車窓から見える稲はもうすぐ収穫されるものだろう。




 それにしても、この辺りは水資源が豊かである。至る所に、河川や湖、水路、貯水池が見られる。「水郷」とはよくいったものだ。画像は利根川(左上)、北利根川(右上)、北浦(下)。




 さて、JR鹿島神宮駅に到着。駅の周りには、不安になるほど何もない。幸い、鹿島神宮までの案内用看板が出ていたので、それに従って駅正面の坂道を登っていった。

 案内の通りに進んでいくと、大きな鳥居が見えてきた。ちょっと安心。







 立派な鳥居をくぐると、正面に見えるのが桜門。




 桜門を抜けると左手に社務所と宝物殿、右手に本殿がある。下の画像は、桜門を抜けてすぐに、目に飛び込んできた杉の木を写したものである。こんなに大きな杉の木を見るのは初めてである。神代の人々が、この場所を神聖な場所に選んだのも、うなずける話である。






 鹿島神宮といえば、神鹿である。天照大御神がこの地の神である武甕槌(タケミカヅチ)神に送った伝令が、天迦久神(アメノカク)という鹿の神霊だったことから、鹿島神宮の神の使いは鹿になったのだそうだ。




 奥宮。徳川家康により造営されたものだそうだ。




 それにしても森が深い。この日は風があり、風で樹木が揺れた時に鳴る、さらさらという音が耳に心地よかった。




 有名な要石である。地下の大なまずの頭を押さえつけ、大地震の発生を抑えているのだそうだ。地上に見える部分は高さ十数センチだが、地中部分が物凄く深いのだという。江戸時代、徳川光圀が7日間掘らせ続けたが、結局掘り切れなかったという解説が出ていた。


「ゆるぐとも よもや抜けじの 要石
       鹿島の神の あらんかぎりは」(『万葉集』)

「大地震(おおなゑ)にびくともせぬや 松の花」(小林一茶)

 そういえば、今年2月に読んだ『鹿男あをによし』は、奈良の女子高に代理教師として赴任した鹿嶋出身の主人公が、60年に1度大なまずを抑える「鎮めの儀式」に必要な「目」を探し出すよう、鹿から頼まれるという物語であった。今になって思えば、歴史的な韻を踏んでいる小説だったのだなー。




 御手洗の池。古来、身を清めるのに用いられてきたそうだ。旱魃でも枯れることはなく、深さは大人が入っても子供が入っても、「乳を越えない」という不思議な池。




 一通り見たところで、お腹がグーグーいっている。鹿島に着いてから昼食を取ろうと考えていたが、すっかり忘れていた。そこで、御手洗池のすぐそばにある「一休(ひとやすみ)」という休息所で、昼食を取ることにした。キビダンゴと湧き水コーヒーを注文。キビダンゴがなかなか美味であった。

 一通り平らげたが、う〜ん、何となく物足りない。迷った挙げ句、追加注文することにした。続いて頼んだのは招福ラーメン。「招福」とは縁起が良いが、出てきたのは普通のしょうゆラーメンであった。だが、これまたなかなか美味。下手なラーメン屋なんかよりはよっぽど美味い。

 よほど私がひもじく見えたのか、店員さんがサービスで古代米と瓜の漬物を出してくれた。古代米を食べたのは初めてであったが、味は赤飯に似ている。店員さん、ありがとうございました。

 調べていたら、「一休」さんのホームページを見つけた。鹿島神宮にお出かけの際は、ぜひご参照下さい。




 ラーメンと古代米を食べ終えたが、一度火が付いた食欲は、止め処がない。次は何を頼もうかとメニューを眺めていたが、ふと時計を見ると、間もなく14時50分に差しかかろうとしていた。帰りは、15時16分発の電車に乗ろうと計画していたのだった。これを逃すと、次の電車は16時41分。夜は飲み会の予定が入っているため、15時16分の電車を何としても逃すことはできない。注文をあきらめ、後ろ髪引かれながらも、店を後にした。
 何とか15時16分発の電車に間に合い、無事、帰宅の途につくことができた。その後の飲み会にも、当然間に合った。

 という本当にちょっとした小旅行であった。ここでまとめ。鹿島神宮境内にある諸々の建造物は、東京や京都などの寺社と比べ、至ってシンプルである。だが、こうした建造物を覆う深い森には、思わず圧倒される。森の深さが、ただならぬ場所であるという雰囲気を醸し出しており、神秘的であった。こういう経験は、東京や京都の寺社ではできまい。そもそも「東京砂漠」(懐かしい)の中で暮らしていると、森、あるいは樹木に圧倒される機会は皆無である。今回の旅行では、そうした貴重な経験ができた。
 また、行き帰りで見る水郷は、なかなかお薦めの車窓風景である。水郷に広がる田園地帯と、利根川や北浦、田園を結ぶ水路は、見ているだけで穏やかな気持ちにさせる。こないだ買ったばかりの『日本の鉄道 車窓絶景100選』(新潮社)を見てみると、「房総半島(の車窓)はパンチがない」などと書かれているが、なかなかなどうして。こんなにすばらしい車窓風景があるじゃないですか。そのうち、水郷めぐりをしてみようと思った。
 
2008年
08月
09日

夏休み初日の出来事
 昨日も、憎らしいほどに天気の良い一日であった。画像は自宅近くの駅。画像では見えないが、線路上に浮かぶ陽炎が暑さをかもし出していた。



 8月7日・8日の出来事をまとめておこう。

 まず7日から。この日は、塾の仕事が昼過ぎに終了。翌日から、いよいよ夏休みである。塾を退勤した足で大学の研究所へ向かい、実家のお土産をリリさんに手渡してきた。その後、海浜幕張へ。映画『ハプニング』を観て帰宅。

 8日。7月末から始まっていた塾の夏期講習は、この日から間休み。大学の仕事は、8月2日でひとまず休みに入っている。これから約10日間、私は夏休みだ。とはいっても、例年通り特に予定もなく、基本的には論文の執筆に時間を当てようと考えている。

 7日夜、元研究所の同僚ノブさんから、8日昼ごろ研究所に行くので、「ご一緒しませんか」とのメールを頂いていたので、この日は昼前に自宅を出て、研究所へ行ってきた。
 毎週金曜は、研究所に最も人が集まる日であるが、間もなく夏休みということもあって、出勤していたのは、リリさん、アヤさん、スズさん、トムくんの4人だけ。リリさん、アヤさん、ノブさんと昼食を取った。リリさんがデザートにフルーチェを出してくれた。10年ぶり?15年ぶり?ぐらい?いずれにしても久しぶりで美味しかった。リリさんご馳走様でした。

 研究所を退出後、映画を見て帰ろうと思っていたのだが、暑さからか気力が湧かない。直帰することにした。テレビで20時から放送予定の『バットマン ビギンズ』を見ようと思っていたが、猛烈な睡魔に襲われ19時半に就寝。今朝は4時起床である。
 
2008年
08月
09日

好きな風景・愛犬ゴンとの散歩道・帰省のまとめ
 実家の話が続くが、私が実家を出たのは、高校を卒業した時。大学受験に失敗し、予備校に通うため仙台で寮生活を行った時だ。以来、10年以上が経っている。今の実家の家は、その頃住んでいた家を取り壊し、6年前に新たに立て直した家である。従って、私は帰省したとき以外、この家で生活した経験がない。

 私が親元を離れた後に建てられた家なので、この家には私の部屋がない。帰省した時には、基本的に客間で寝泊りすることになる。客が多い日には、相部屋になることや、弟の部屋や親の部屋にお邪魔することもある。別に拗ねていうわけではないが、今の実家の家には私の居場所がないのだ。

 そんな実家で、私が最も居心地良いと感じる場所が、ダイニングである。まず、基本的に自室を持たない私が喫煙できるのは、この場所だけである。また、ここからの庭の景色が好きだ。花好きの母は、ウッドデッキや庭で、花を育てているが、ここからはそうした花々を眺めることができる。ちなみに、家の目の前には、桜の木が植えられている。春にここから眺める桜の花は、きっと最高だろう。






 実家の好きな情景ということで、付け加えるならば、実家で飼っている愛犬ゴンの存在を忘れてはなるまい。



 彼は、母の友人の別荘近くに捨てられていたという雑種犬。発見されたとき、足に怪我をし、ヒトに対して異常なほどの警戒心を持っていたという。飼い始め当初は、父と母以外の人間にはなかなか懐こうとしなかった。私は、ムツゴロウさんばりに噛み付かれながら彼との友情を深め、今ではこの↓通り。生きている動物を風景と見立ててよいものか迷うところだが、ゴンを見ているととても癒されるのだ。





 帰省した時の愛犬ゴンの散歩係は、一時的に私が担当する。この習慣は、ゴンの先代に当たるハナコ(マメシバ)を飼っていた時から続いている。ゴンとの散歩道で見る景色も、好きな風景の一つだ。





 実家の目の前にある池の周りを一周するだけの、単純な散歩道である。郡山市は、東を阿武隈高地、北と西を奥羽山脈に囲まれている。ゴンとの散歩道で眺める、東のなだらかな山々、西の険しい山々の稜線がとてもきれいなのだ。

 今回の帰省ではできなかったが、特に夕暮れ時の散歩は最高である。下の画像は、定期的にチェックしている郡山市役所ホームページから借用したものだが、奥羽山脈に夕日が沈みこむ様子が、物悲しくてとても美しいのである。



 母校である小山田小学校の校歌に「北に遥かな安達太良の、気高き峰を仰ぎ見て」という一節がある。私は安達太良山をはじめとして、幼い頃より山を見て育った。そのためか、こうした山々を見てようやく帰省したという実感が湧いてくる。そうした実感を湧かせるのが、ゴンとの散歩道なのである。

 と、まあ実家や故郷には、好きな風景が色々とあるのだが、実家を出て10年以上が経ち、帰省する頻度も日数も年々減ってきている。今回は、7月の忙しさとストレスで、淀み荒んだ擦り傷だらけの気持ちで帰省したものの、それを癒す故郷のパワーはすごい。今回の帰省は、私にはこういう場所があるのだということを実感できた帰省であった。
 
2008年
08月
08日

父の涙と三男三女六人兄妹
 今日も朝から天気が良く、まさに夏日和である(画像は佐倉市の田園風景。朝の出勤途上、電車内から撮った)。





 さて、前の日記に続けて、もう少し、帰省した時のことを記しておこう。

 今回の帰省は、法事への顔出しと、父の還暦祝いが目的だった。

 父は今年62歳なので、還暦は既に過ぎている。では、なぜ2年も経って還暦祝いなのかといえば、2年前は、還暦を祝ってしまうと仕事に対する意欲がなくなりそうだ、という本人の意向があったからだ。今年6月末で、父がひとまず常勤の仕事を引退したため、還暦のお祝いをしようと、姉・妹・弟たちと話し合ったのだ。

 7月の半ば頃から、兄妹間の電話とメールのやりとりを始めた。結局、8月2日の法事の後にお祝いをすることが決まり、また前回の日記の通り、料理など細かい準備については、弟夫婦が取り仕切ることとなった。
 ここまでは、話し合いもスムーズにまとまっていったが、なかなか決まらなかったのが、プレゼントである。一時は旅行をプレゼントすることに傾きかけていたが、海外にするか国内にするか、飛行機にするか鉄道にするかなど、意見がなかなかまとまらず、その他諸々の理由から、結局、現金をプレゼントすることになった。

 さて、当日である。1か月分の仕事の疲れを鬱積し、へろへろ状態で実家に辿り着いた私を出迎えてくれたのは、可愛い甥っ子たちである。4月の始め頃、私の家に泊まりに来ていた姉の子供達だ。

 大人たちはといえば、皆、庭側にあるウッドデッキに出ていた。この日は、ちょうど近所の花火大会の日で、皆は花火を見ながら酒を飲んでいるところだった。



(→ http://fukuyama-s.or.jp/hanabi.html )

 私も花火を見ようと、急ぎ着替えグラス片手にウッドデッキに出た途端、一発の打ち上げ花火が炸裂。すかさず、姉が「今のが最後の打ち上げ花火だよ。あんた遅すぎ」とご丁寧なお出迎え。そ、そんなこといったって・・・(T△T)。線香花火以上の寂しさを覚える打ち上げ花火であった。

 花火大会が後わり、いよいよ父親の還暦祝いの開始である。参加者は、父と母、姉と義兄及び甥っ子3人、妹、弟夫婦、私の計9名。父には、還暦祝いを行うことを知らせていない。あくまで法事打ち上げの2次会という名目で、飲み会が始まったのだった。

 ところで、皆は花火を見ながら飲んでいたので、この時点で私と甥っ子達を除き、皆既に酔っ払っている。なのに、父がブランデーらしきボトルを持ってきて皆のグラスに注ぎ込む。そして義兄の音頭にて乾杯。わが家はつくづく酒飲み一家だと思う。
 ちなみに、銘柄が分からなかったが、乾杯で注がれた酒は1946年物のアルマニャックだった。豪勢だ。実家にいる時でないと、絶対に飲めない酒だろう(笑)。

 乾杯したところで、義妹がロウソクの灯されたケーキを持ち、ダイニングへ入ってきた。いよいよサプライズである。ケーキを見た父は?マークを頭に付け、きょとんとしている。さらに、そこへ姉が熨斗袋を登場させた。そして、姉の合図で皆で「還暦おめでとう」の言葉を述べた。その途端驚くべきことが起きた。ようやく事態を悟った父が、号泣してしまったのである。

 もともと涙もろい父であるが、あんなに泣いたところは初めて見る。皆もらい泣きしそうだったが、何とか父を泣き止ませ、無事、姉が熨斗袋を、弟が焼酎を手渡すことができた。下の画像は、左上から時計回りに、熨斗袋を持つ父と母、焼酎、われわれ6人兄妹、われらが家族。






 このときまで意識していなかったが、いつの間にやら私の兄妹は、私を含め6人となっていた。図らずも我々6人兄妹の最初の共同作業となった還暦祝いは、予想以上に父が喜んでくれ、ひとまず大成功だったといえるだろう。

 後日談であるが、父は、われわれのプレゼントしたお金で早速買い物をしたそうである。買った物というのが、下の画像。




 お分かり頂けるだろうか。業務用の冷凍庫である。この日のように家族が集まった時のために、氷を貯めておいたり、珍しい食材などを保存しておくのだそうだ。

 私は、大学院に進む時など勘当寸前になるほど父と対立し、冷戦状態が続いたこともあったが、今なら素直に言うことができる。父よ、あなたは本当に家族思いの人だ。
 
2008年
08月
07日

気分一新!テンプレートを変えました。
 忙しい時期も終わり、こうしてブログの更新を行うだけのゆとりができた。以前のテンプレートが、使っていて何かと不便なところがあったため、気分を新たに、テンプレートを変更することにした。

 ご覧頂いている方々には、なかなかテンプレートが落ち着かず、ご迷惑?をおかけしますが、今後も何卒よろしくお願い致します。モッサン
 
2008年
08月
07日

久々の帰省と変わるわが家の風景
 いやー、久しぶりの更新である。何日ぶりだろう。

 8月2日から4日にかけて、久しぶりに帰省してきた。法事への顔出しと父親の還暦祝いのためである。前回帰省したのは、昨年3月に弟の結婚式に出席した時。以来、およそ1年と5ヶ月ぶりの帰省である。

 2日土曜日は、これまでずっと準備を進めてきた大学のイベントがあった。イベントの後、本来なら懇親会に参加するところ、後ろ髪引かれながら退出し、東北新幹線に飛び乗り、実家のある福島県郡山市へ。約1時間半の旅路である。




 この数日間はほとんど寝ていなかったので、寝て起きたら仙台、盛岡だったということのないよう、睡眠防止に「安眠打破」とマンガを買い込み、いざ新幹線へ。こうして、気合を入れて新幹線に乗り込んだものの、やっぱり寝てしまった。まあ、幸いなことに、ちゃんと郡山の手前で起きることができたのだが、危うかったC=(^◇^ ;。

 さて、町や家など、普段生活している場所というのは、変化になかなか気づかないものであるが、ある程度時間を空けて訪れた場所の変化は、すぐに、また、やたらと目に付くものである。

 ちなみに、帰省した時には、いつもこうした変化を探すことが、私の楽しみの一つである。故郷の町の変化を見つけるために、丸一日自転車をこぎ、翌日お尻の痛みに座ることができなくなったこともある。

 今回の帰省では、町に出る余裕がなかったが、代わりに、わが実家の変わり映えに感動した。

 例えば、ダイニングキッチンにバーカウンターが置かれたり、リビングのテレビが箱型のブラウン管から薄型の液晶テレビに変わったり、ティッシュを入れる箱が変わっていたりと、実家内部の景色が様変わりしていたが、このような変化は、どちらかというと小さなものでしかない。




 何より、実家の風景を新鮮なものとしていたのは、わが家の若夫婦(弟とその妻である義妹)の存在である。

 特に、弟には、結婚すると人はここまで変わるものかと、感動させられた。弟は、中学の頃に激しいいじめを受け、高校の頃には無断欠席が続いて親が呼び出され、大学にはまともに通学せず中途退学したという経験がある。今はウェブデザイナーをやっているが、わが家ではどちらかというと頼りない存在であった(私も同様なのだが・・・)。

 だが、現在の弟の姿は、家のことに目を光らせきりもりする、若旦那の姿である。同居する母や半同居(残り半分は私と同居)している父親も弟の意見を聞きながら家事を行っている。
 付け加えると、今回の帰省中に行われた父の還暦祝いを仕切ったのも弟(と姉)だったし、そもそも、今回、私が帰省に踏み切ったのも、「仕事が終わってからでも良いから帰ってきくれ」という弟の一言があってこそだ。結婚して久しぶりに会った弟から、昔の姿は全く想像できなかった。
 
 弟がこうまで変わったのは、義妹の存在があったからであろう。実は、彼女とはこれまで余り話す機会がなかったが、ちょこまかとよく動き、周囲の人に対する気配りを欠かさず、それが恩着せがましくない。そして何より性格が明るい。まるでヒマワリのような人だ(私は人の印象をよく花にたとえる)。

 一言でいうと、魅力的な女性である。こんな人を嫁さんにしたのだから、弟がああも変わったのも納得である。わが弟ながら、良い奥さんを見つけたものだ。良かった良かった。

 いずれにせよ、今の実家の風景に、弟と義妹は欠かすことはできない。この二人が、これからも実家の風景を作っていくのであろう。二人には幸せになってほしいものだと、結婚式の時以上に強く思った。
 
2008年
07月
27日

最近の読書生活とアトランティス慕情!
 今月は、忙しい日々が続き、私の読書生活は休息期に入っている。仕事で使う資料や地図以外に読むものといえば、最近はもっぱらマンガである。

 今月に入って読んだマンガを挙げてみる。
  かわぐちかいじ『太陽の黙示録 建国編』(第1巻)
  幸村誠『ヴィンラント・サガ』(第6巻)
  浦沢直樹・手塚治虫・長崎尚志『PLUTO』(第6巻)
  弘兼憲史『新装版 課長 島耕作』(第1〜6巻)
  魚戸おさむ(画)・東周斎雅楽(原作)『イリヤッド 入矢堂見聞録』(全15巻)

 さて、先月の終わり頃から少しずつ読み進めてきた『イリヤッド 入矢堂見聞録』が、ようやく読み終わった。ふー。



 ホメロスの『イリアス』をもじったようなマンガタイトルで、主人公は入矢修造。考古学会を追われ、文京区団子坂で「入矢堂」という古道具屋を営んでいる。そんな彼が、ひょんなことから伝説の古代文明アトランティスの探索に挑んでいくというのが、このマンガのストーリーである。

 ご承知の方も多いと思うが、アトランティスは紀元前9000年頃にゼウスの怒りを買い、島ごと滅ぼされたとされる謎の文明である。未だにその場所も分からないし、存在すら確認されていない。

 主人公の入矢が、プラトンの『ティマイオス』や『クリティアス』、マルコ・ポーロの『東方見聞録』、さらには「記紀」などなど、様々な歴史資料を手がかりに、アトランティスのかつてあった場所を求め、ヨーロッパや北アフリカ、南米、中国など、世界を飛び回る。

 浦沢直樹の『MASTERキートン』以来、こうした考古学ものは、最も好きなマンガジャンルである。物語の登場人物とともに、世界の美しい遺跡を堪能することができるし、シュリーマンに例えるのもおこがましいが、私にも多少の「古代への情熱」はあるようで、人類とは何者であるのかという、考古学や歴史学の根本的な問題がとても魅力的だからである。

 アトランティスの存在も含め、『イリヤッド』の物語は、いくつかの仮説から成り立っている。絶滅した旧人ネアンデルタール人と現生人類クロマニョン人との異文化交流説、宗教のネアンデルタール人起源説、クロマニョン人≒アトランティス人説などなど。
 これらが、どの程度信憑性があるのかは、専門家ではない私には当然分からないが、アトランティスという歴史上の謎を、人類の進化の軌跡というもう一つの大きな謎と結びつけたところに、大いに好奇心をかき立てられた。

 また、若干直截的ではあったが、泣かせる場面も多く、ヒューマンストーリーとしても中々面白かった。

 もう一つ付け加えるならば、作中、登場する世界の様々な料理には、思わずヨダレがこぼれそうになった。別冊で世界の料理の特集巻を作ったら、案外売れるのではなかろうか。

 さて、結局、アトランティスの謎が解き明かされないまま、物語は終わってしまうが、大いに空想と好奇心をかき立てられる良いマンガであった。

 それにしても、かつて伝説の都市国家といわれたトロヤが、シュリーマンの発掘により存在を確認されたように、アトランティスの謎も解き明かされる日が来るのだろうか。考えただけで、わくわくどきどきしてくるな〜。


 
2008年
07月
22日

「目がキンになる」『黄金の国ジパングとエル・ドラード展』
 昨日は海の日。

 久々に休日をとることができた(1ヶ月ぶり!!)。

 さて、この休みを利用し、一人国立科学博物館で開かれている『金GOLD 黄金の国ジパングとエルドラード展』を見てきた。




 海の日というだけあって、会場は人だらけである。それに、夏休みに入ったためか、小中学生が多い。会場では、クイズラリーが行われており、子供たちが会場の中のヒントを探して、あちこち見て回る姿が微笑ましかった(^_^)。

 さてさて、会場は日本の金文化を紹介する前半部と、コロンビアの金文化を紹介する後半部に分けられる。

 持ち上げることができる金の延べ棒や、秀吉の黄金の茶室、黄金のウェディングドレスなど、見所は満載だったが、個人的に面白かったのは、日本ブースで紹介されている金箔加工と、コロンビアブースで展示されている古代文化の金細工群。

 特に、金箔の製作は、一見すると簡単そうに見える。ただハンマーで叩きながら、薄く延ばしていくだけなので。だが、よく考えると、金箔は薄くなればなるほど、切れやすくなるはず。また、叩く箇所が偏れば、金箔の厚みにもその影響が出るだろう。叩きつつ途中で金箔が切れないよう、叩く箇所が偏らないようにするのは、さぞ難しかろう。まさに、職人のなせる技である。
 
 コロンビア古代文化の金細工は、見事な精巧さとデザイン。良い仕事しているなー。これが2000年前のものかと驚くばかりであった。

 ところで、『東方見聞録』を読んだことはないが、自分は、この本に書かれている日本=「黄金の国」というのが、当時のモンゴルや中国で伝えられていた単なる伝説だと思い込んでいた。

 しかし、今回の展示を見ると、日本がかつて「黄金の国」であったことがよく分かる。今でこそ日本の金の産出量は、世界全体の0.9%しかないものの、江戸時代には、佐渡島だけで世界全体の5%の金を産出していたそうである。

 展示されていた黄金の茶室をはじめとして、日本で中尊寺金色堂や金閣など、金を使った建築物がたびたび建てられてきたのは、その時々の為政者が自らの権威を示すためだったとは思うが、それが可能であったのは、やはり産金量の豊富だったからであろう。いやー、勉強になるなー。

 最後に土産物ショップへ立ち寄り、お土産を購入。思い切って、金の延べ棒!! いやいや金の延べ棒箱に入ったマンゴーチョコクランチを買った。




 それにしても、昨日は良い休日となった。

 毎年忙しい7月も、間もなく終わる。もう一踏ん張りだ。



 
2008年
07月
14日

山里の景色がとてもきれいだ『西の魔女が死んだ』
 昨日は、一昨日に引き続き、朝から昼過ぎまで某学会の手伝い。学会が終わった後、千葉へ移動し、夕方から塾の仕事である。病み上がりの自分には、ハードな2日間だった。

 そういえば、ここ最近、先週水曜日に病欠した日を除けば、まともな休日を全く取っていない。最後に取った休日は、いつだろうと調べてみると・・・、6月22日。『奇跡のシンフォニー』を観に行った日である。気づかなかった・・・。

 こんなに働いているんだから、朝から映画を見に行っても、ばちはあたるまいと、今日は出勤途中、西千葉駅で途中下車。京成ローザに立ち寄り、『西の魔女が死んだ』を見て来た。

 こないだ原作を読んだばかりの小説『西の魔女が死んだ』の映画版。原作を読んだ時、この情景描写に優れた文章を映像化すると、一体どうなるのだろうか?という興味が湧いたのである。

 詳しい感想は、映画ブログの方で述べるが、霧にかすむ山々、森の鮮やかな緑など、美しい映像は原作に忠実。とても癒された。

 主人公まいの祖母役を務めていたのは、サチ・パーカー。聞いたことのない女優さんである。日本語が上手くきれいな人なので、何者なのだろうとウィキペディアを使って調べてみたところ、思わず納得である。
 母親がなんとシャーリー・マクレーンだった。親日家の女優として知られる人だ。「サチコ・パーカー」という本名は、母の親友小森のおばちゃまによって名づけられたそうである。

 原作も良かったが、映画もなかなかである。最後の場面は、やはりほろりとさせられた。



 

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